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2025年8月4日
その誕生から現在まで、火山活動や地震といった様々な現象を通して地球は変化してきました。この変化の過程で、地球の内部にあった物質が表層部に移動し、移動の過程で様々な化学反応をしながら現在の地球へと変わってきました。地球科学 (Earth Science) のなかでも、特に地球化学 (Geochemistry) と岩石学を専門とする秋田大学大学院 理工学研究科の福山 繭子 准教授に、その研究について伺いました。

秋田大学大学院 理工学研究科 福山 繭子 准教授
「地球の姿が過去から現在に変わってきたプロセスを研究しています。地球がダイナミックに変わってきたことがわかり、非常におもしろいと感じます」と、地球科学の研究の魅力を話す福山准教授。地球は、表層部でプレートが誕生し、地下深くに沈み込むというサイクルの中で変化してきました。プレートが沈み込むと、深い場所で温度や圧力が高くなり、流体が放出されます。その流体が周辺の岩石を変化させ、岩石が溶けた場合はマグマとなり、それが火山となります。これらが一連のプロセスとなっていますが、流体がどのように連続的に作用し、こうした現象が起こるのかはまだよく分かっていません。そして、このようにして地球が変わっていくプロセスには元素の挙動が関わっています。ある元素は流体に入り込みやすかったり、別の元素は岩石に入りやすかったりなど、様々な挙動を示します。様々な挙動により、元素が地球の内部から表層へと移動し、その過程で化学反応をすることで、現在の地球の姿になっているのです。
地球化学研究の課題
地球化学とは、地球を構成する物質について化学的な手法を用いて研究する分野です。地球化学では岩石などの実物を元に研究を進めることができますが、それでも大きな制約があります。それは、人間は地球の内部には行けないということです。地球全体の変遷を解き明かしたいのに、その手掛かりは地球表層で手に入る物質だけ。福山准教授は「限られた手掛かりから地球の変化のプロセスを解明するためには、化学分析が非常に大切となります。いかに正確で、高精度な分析ができるかが課題です」と話しています。
過去の地球の姿の変遷を理解するうえで役に立つのが、岩石のできた年代です。岩石がいつできたのかを理解するために広く用いられる方法として、「U-Pb(ウラン-鉛)年代測定」という手法があります。これは、ウランから鉛への放射壊変による半減期を元に、年代を測定する手法です。
多くの場合、年代測定には、ウランが含まれるジルコンという鉱物が使われます。ジルコンは様々な岩石に含まれている鉱物ですが、すべての岩石に含まれているわけではありません。たとえば、鉱石や断層の石にはジルコンが含まれていないのが一般的です。鉱床や断層ができた時期を特定する場合には、鉱床や断層の岩石のジルコンを使うことはできません。そのため、従来は、鉱床などの周辺にある、ジルコンを含む他の岩石を用いて年代測定を行っていました。より直接的に鉱床などの年代測定を行うことを目指して、近年、方解石(ほうかいせき)や柘榴石(ざくろいし)など、別の鉱物を使ったU-Pb年代測定法の開発が進められています。福山准教授も柘榴石を使ったU-Pb年代測定の手法開発に取り組んでおり、2023年に論文として発表しています。同様の研究・手法開発に取り組んでいる機関は他にもあるものの、局所分析やチューニング・補正など、様々なノウハウが必要であり、どの機関でも当たり前のように分析できる手法ではないと言います。福山准教授は「この研究について、海外の研究者からも問い合わせがきます」と話しています。
釜石鉱山の岩石。釜石鉱山は、かつては良質な鉄鉱石の鉱山として知られた
鉱物を分析する際には、レーザーアブレーションという技術を使って局所分析を行います。分析には標準試料が必要です。ジルコンについては、長年、世界的に標準試料が作られてきましたが、その他の鉱物試料のなかには、標準試料がないことも多々あります。レーザーで分析をする場合、自分の分析したいサンプルにあった標準試料が必要であり、標準試料に含まれる様々な成分(マトリックス)が異なると、分析結果にも影響を与えることがあります。そこで福山准教授は、均質でかつ濃度が適当な鉱物を探し出し、そのデータを測定するとともに、他の複数の機関でも測定を行ってもらい、標準値の値付けをしていくなど、自ら標準試料を作り出すことでこの課題を克服しようとしています。
レーザーアブレーションで必要な標準試料。自ら標準試料を作ることもあると言います。
年代測定法や岩石中の微量元素分析に欠かせない分析機器とは
U-Pb年代測定法や、岩石中の微量元素分析など、福山准教授の研究に欠かせない分析装置の1つがICP-MS (誘導結合プラズマ質量分析計)です。秋田大学着任前は磁場型のICP-MSを中心に使用しており、四重極型ICP-MSの使用経験はほとんどなかった福山准教授ですが、現在では四重極型ICP-MSも研究に欠かせない装置となっています。「岩石中の微量元素の測定に、四重極型のAgilent 7700 ICP-MSを使用しています。特に濃度を測定する際には、濃度の測定や、多元素一斉分析ではAgilent 7700が便利です」と福山准教授は話します。レーザーアブレーション装置を試料導入装置として組み合わせると、岩石などの固体試料を前処理せずにそのまま分析することができます。レーザーアブレーションICP-MS (LA-ICP-MS)は、局所分析に適しています。また、福山准教授の研究では、リチウムからウランまで測定できる元素はできるだけ測定したいというニーズがあり、岩石のルーチン分析では45元素を測定しています。
Agilent 7700 ICP-MS(左)と、レーザーアブレーション装置(右)
また、レーザーアブレーションを用いずに、岩石を酸分解やアルカリ溶融をして分析溶液を調製し、全岩微量元素分析を行う用途でも、Agilent 7700 ICP-MSを活用しています。研究室には環境分野を専攻している学生もいることから、河川水、地熱水、温泉水などの微量元素分析も行われています。さらに医学部との共同研究では生体試料の微量元素分析も行っています。
10年以上にわたりアジレントのICP-MSを使用してきた福山准教授は、ソフトウェアが使いやすく操作性が良いことと、壊れにくいことが、そのメリットだと感じています。
新たな分析法の開発を目指して
福山准教授は新たな分析法の開発に積極的に取り組んでいます。「知りたいことがたくさんあります。しかし、その分析を行う手段が確立されていない場合には、自分で分析法を開発していきます」と、福山准教授は話します。たとえば、福山准教授は現在、沈み込み帯における地殻の進化についての研究を進めています。プレートの沈み込む領域で何が起こり、どんな元素がどのように動いたり化学反応したりしているのかを明らかにしようとしています。これを解き明かすには、様々な分析をより高精度に行う必要があると言います。「元素分析や同位体分析の精度が上がると、今まで見えてこなかったプロセスが見えてきます。ですから、分析法の開発には力を入れていきます」と、分析法開発の重要性を語っています。知りたいことがあるからこそ、分析法の開発に取り組めるのだそうです。また、年代測定の領域では、福山准教授は、現在、赤鉄鉱(ヘマタイト)や磁鉄鉱(マグネタイト)といった鉱物を用いた年代測定の手法の開発にも取り組んでいます。
アジレント・テクノロジーでは、地球化学分析に向けたソリューションを幅広く提供しています。分析ソリューションの観点から、地球化学研究の進展を支えようとしています。
私たちの生活にも役立つ地球化学
地球化学や岩石学の研究は、自分たちが住んでいる地球環境やその生い立ちを理解したいという知的・学術的な関心を追求するだけでなく、私たちの生活にも役立つ可能性を秘めています。たとえば、地球の表層に移動してくる元素の分布が分かれば、それを資源として利用できる可能性も高まります。福山准教授は、「地球化学の研究をしていると、地球上の様々な元素の挙動がわかってきます。使われていない資源を利用できないかと考えるようになります。」と、資源の有効利用について話しています。
また、福山准教授は、二酸化炭素固定の観点からトラバーチンの形成の研究を進めています。トラバーチンとは、陸上で作られる天然の炭酸塩岩です。福山准教授は、「地球上で二酸化炭素の最大の貯蔵庫は、海洋の有機物によって作られた炭酸塩岩です」と話しています。岩石をうまく活用できれば、カーボンニュートラル実現の一助となるかもしれません。トラバーチンの主成分は炭酸カルシウム (CaCO3) です。炭酸カルシウム自体の色は白ですが、含まれる微量元素の影響で様々な色や模様を示します。色や模様のきれいなトラバーチンは、工芸品や、建物の内装用の建材などに使用されています。たとえば、日本の国会議事堂の内装には富山県黒部市下立(おりたて)のトラバーチンが使われているほか、イタリアのコロッセオにもトラバーチンが用いられています。福山准教授は、トラバーチンを人工的に作れないかと考え、まずはその形成条件を突き止めようと実験を行っています。
最後に福山准教授は、「自然ならではの複雑さが、単純におもしろいと思います。数学、物理、化学、生物などの知識を総動員でき、自分たちが住んでいる地球環境を理解できることが、地球科学・地球化学研究の魅力です」と、語っています。
地球化学研究では、実験室での分析や結果の解釈だけでなく、野外に出て観察し、サンプルを採取するプロセスも重要
秋田大学大学院 理工学研究科
福山 繭子 准教授
2005年4月~2008年3月 産業技術総合研究所 地質情報研究部門
2008年4月~2012年2月 台湾中央研究院 地球科学研究所
2012年2月~2016年3月 秋田大学大学院 工学資源学研究科 助教
2016年4月~2018年3月 同 講師
2018年4月~2020年3月 秋田大学大学院 理工学研究科 講師
2020年4月~ 秋田大学大学院 理工学研究科 准教授
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