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お客様紹介:高純度のmRNAを合成し、創薬につながる新規分子デザインを提案―――名古屋大学大学院理学研究科 阿部 洋 教授

2025年7月4日

 

医薬品の基盤となる技術(モダリティ)は、かつては低分子が中心でしたが、近年では、中分子、核酸、抗体など、様々な医薬品やワクチンの研究や実用化が進んでいます。ここ数年、関心が高まっているのが mRNA(メッセンジャーRNA)と言えるかもしれません。パンデミックを引き起こした新型感染症のワクチンの基盤となった技術として知られ、その実現に関わった研究者らがノーベル生理学・医学賞を受賞したことも記憶に新しいところです。このmRNAの合成の研究に取り組んでいるのが、名古屋大学大学院理学研究科の阿部 洋 教授です。阿部教授にmRNAの最新動向や社会実装についてお伺いしました。

 

名古屋大学大学院理学研究科 阿部 洋 教授

 

mRNA医薬・ワクチンとは、合成したmRNAを体内に投与し、細胞内で産出されたタンパク質により、医薬品やワクチンとして機能させるものです。mRNAはすぐに分解されるため、一般に、体内に蓄積せず、遺伝子を傷つけないという点が利点だとされています。各国で長年研究が続けられ、たとえば、脂質ナノ粒子 (LNP) を使った細胞へのmRNA送達や、ウリジンのシュードウリジン置換といった炎症を起こしにくいmRNA設計が考案されてきました。新型感染症のワクチンとして一躍注目を集めることとなったmRNAですが、ワクチンだけでなく疾患の治療への応用も期待されています。阿部教授は「遺伝性疾患に対して、機能していないタンパク質を補充するというのが、mRNA医薬の利用法になるだろう」と話しています。

安定性と翻訳効率の向上を目指して

mRNA研究が目指すのは、つまるところ安定性と翻訳効率の向上です。阿部教授もこの2点を向上できる分子デザインに取り組んでいます。阿部教授はここ数年で、様々な研究成果を報告してきました。

重要な研究成果の1つが、高純度のmRNA製造技術である「PureCap法」です。mRNAからタンパク質を翻訳するためには「キャップ構造」と呼ばれる部位(mRNAの5’ 末端にある修飾構造)が必要です。DNAから転写する一般的なmRNAの合成法では、副生成物としてキャップ構造のないRNAが生成されます。キャップ構造を有するmRNAのみを精製単離する「PureCap法」により、高純度のキャップ化mRNAが得られるようになりました。さらに、複数のキャップ構造の中から、高いタンパク質翻訳効率を示す構造も明らかにしました。

純度の高いサンプルで研究を進めるというフィロソフィーを持つ阿部教授はこう話します。

「とにかく純度の高いmRNAを作って、構造活性相関研究をしたいという思いがあります。純度の低いサンプルを使って実験をしても、私としてはそのデータに対する信頼感を持てないからです。PureCap法により、ほぼ100%キャップ構造を持つmRNAをベースに、翻訳活性の高い構造を特定することができました。」

別の研究実績として、阿部教授は2013年に環状mRNAの研究成果を報告しました。生体内に存在する直鎖のmRNAと異なり、環状mRNAには終止コドン(翻訳終了を示す3つの塩基列)がないため、原理的にはエンドレスで同じパターンのタンパク質を産出します。しかしながら、実際には、環状mRNAではタンパク質の合成量が少ないという課題がありました。阿部教授は、2025年、環状mRNAの途中で枝分かれする形でキャップ構造を設けることで、タンパク質を高効率で合成できることを発見しました。この発見により、環状mRNAを創薬に活用できる可能性が広がるかもしれません。

mRNAを完全化学合成で

阿部教授はmRNAを化学合成することにも成功しています。mRNAを化学合成しようと考えたきっかけは、環状mRNAを作る際の課題解決のためだったと言います。環状mRNAでは塩基の数が3の倍数になっていないと、翻訳がうまく進みません。コドンが3塩基の組み合わせだからです。転写でmRNAを作ると、長さに分布が生じてしまいます。3の倍数の塩基長になっていないmRNAを環化しても、設計通りに動かないという問題が起きます。「転写で作ったmRNAを環化しても、想定どおりに動くものが5%しかないということもありました」と阿部教授は言います。そこで考えたのが、化学合成によるmRNA合成です。化学合成であれば目的長のmRNAを作れることから、化学合成で作ったmRNAを酵素反応で環化しようとしたのです。

mRNAの化学合成は、環状mRNAを作る場合のみでなく、直鎖mRNAの構造活性研究でも重要な役割を果たしています。自然界において、mRNAには様々な修飾が行われています。しかし、その機能解析を行おうとしても、サンプル調製ができないという問題がありました。「m6A(N6-メチルアデノシン)が翻訳を増強する」という先行研究があっても、どの程度入っているとどの程度増強されるのかは、検証が難しかったといいます。「きれいなサンプルで解析しないと、研究も曖昧なまま終わってしまいます。モノづくりの立場としては、どの部位にどれだけ入れると、どれだけ増強するのかを知りたい」(阿部教授)―――この観点からも、化学合成でmRNAを作る必要性がありました。

化学合成のメリットとデメリット

長さが一様の設計通りのmRNAを作れることが、化学合成でmRNAを作るメリットです。これに加えて、酵素由来の副生物がないこと、低価格・短期間で合成できることもメリットと言えるでしょう。一方で、現在の技術では、長いmRNAを作れないことがデメリットだされます。この点について阿部教授は「現在は転写で作る長いものと、化学合成で作る短いものと、用途によって使い分けることになると思います。短い抗原で済むワクチンは化学合成のメリットを十分に生かせるでしょう。」と話しています。

mRNA の評価に欠かせない分析装置

mRNAを作るにあたっては、「RNAが合成されているか」「キャップ部分が分解されていないか」など、合成が想定どおりに進んでいるかを評価していく必要があります。その解析に使用されているのが、「Agilent 1290 Infinity II LC」と「Agilent 6530 LC/Q-TOF」を組み合わせたアジレントの四重極飛行時間型 液体クロマトグラフ質量分析計 (LC/MS) です。阿部教授は、「化学合成で作ったmRNAはそのままLC/MSで分析可能です。活性相関研究に必須な分析にLC/MSを活用しています。」と言います。このほか、阿部教授の研究室では、水溶性低分子化合物に関する反応の追跡/純度解析、合成オリゴ核酸の分析、IVT (in vitro転写合成)mRNAの末端解析など、様々な研究において、アジレントのLC/MSが活躍中です。

「Agilent 1290 Infinity II LC」と「Agilent 6530 LC/Q-TOF」を組み合わせたアジレントのLC/MS (LC/Q-TOF)

LC/MSの導入決定はサンプル分析の結果や価格など含めての総合的な判断であったものの、「事前にアジレントのエンジニアが丁寧に使い方を説明してくれ、研究室の学生にとっても使いやすいだろうと感じた」という点も判断材料の1つとなりました。導入後も、「解析ソフトウェアの操作が容易。パラメータの設定値の調整などがしやすい」「アジレントの担当者は、エンジニア、営業の方を含め、全員が豊富な知識を持っているので、相談しやすい」「相談したときの返信が速い」と感じていらっしゃるそうです。

阿部教授は「将来的には、LC/MS/MSの機能を活用した不純物解析なども視野に入れています」と話します。研究室のメンバーからも、「高度な分析技術の使いこなしなど、目的の分析を達成するためのフォローアップが欲しい」と声が寄せられており、研究の進展に対する分析装置の役割の重要性がうかがえます。また、アジレントの二次元液体クロマトグラフ (2D-LC) も導入済みで、この有効活用も模索しています。

2D-LCの活用を模索中

 

開発した技術の社会実装

阿部教授は、開発した技術を創薬に展開することを見据えています。しかしながら、「GMP (Good Manufacturing Practice) に準拠した製造や、臨床試験に必要な多額の投資を、大学のラボレベルで行うことは現実的ではありません」と、阿部教授は話します。そこで、阿部教授が最高科学責任者となり、名古屋大学発のベンチャー企業として、2022年にCrafton Biotechnology (クラフトンバイオテクノロジー)株式会社を創立しました。同社では、数年以内にmRNAの国内製造体制を確立し、安定供給していくことを目指しています。阿部教授が開発した技術のうち、現在は「PureCap法」をCrafton Biotechnologyで応用していこうとしています。「大学である程度、技術基盤を作ったらCraftonに技術移転をしていきます。現在、感染症のワクチンについて、第 I 相臨床試験を行うことになっています。実証試験として、少なくともCraftonにとっては非常に重要な意味があります。大学から生まれたシーズが臨床等の研究に進んで、社会実装されていくという過程は少しずつ前進しています。」と阿部教授は語っています。

一方、阿部教授は「完全化学合成mRNAも技術として商用化できるところまで来ていると思っています。これは世の中に実例のない技術であり、日本発の技術として世界に発信していきたい」と話しており、今後のさらなる開発に向けて意気込みを示しています。

科学の力を社会に展開していくという点で、アジレントも同じ考え方を共有しており、 “Let’s bring great science to life” (科学の叡智を、生活と生命へ)というメッセージを発しています。製薬業界に向けても、核酸、抗体、遺伝子治療、mRNAなど、様々なモダリティに対応した創薬向けソリューションを提供しています。

開発した技術の社会実装

今後の研究の展望について、阿部教授は製造やスクリーニングを含む自動化をあげています。mRNA医薬・ワクチンの研究推進と実用化を見据え、「特に化学合成のmRNAの製造プラットフォームを作りたいと思っています」と、阿部教授は話します。「ラボレベルで多数の少量のサンプルをスクリーニングしていくシステムが必要です。また、Craftonでやっていくテーマだと思いますが、実際に医薬品原材料として供給するための装置としては、品質管理なども含めて、別のシステムが必要になるでしょう」と言います。

そして、将来的には、「長いmRNAを化学合成できるようになれば、転写合成するよりも化学合成する方が大きなメリットを享受できるでしょう」(阿部教授)と、化学合成mRNAの未来に期待を寄せています。

名古屋大学大学院理学研究科
理学専攻 物質・生命化学領域 生物有機化学研究室
阿部 洋 教授


2001年6月~2002年3月 米国マサチューセッツ工科大学化学科博士研究員
2002年4月~2005年5月 米国スタンフォード大学化学科博士研究員
2005年6月~2009年3月 独立行政法人理化学研究所 研究員
2009年4月~2013年8月 独立行政法人理化学研究所 専任研究員
2013年8月~2015年3月 北海道大学大学院薬学研究院 創薬有機化学研究室 准教授
2015年3月~ 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻化学系 教授

 

 

 

 

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(Not for use in diagnostic procedures.)

RA250616.397

 

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