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お客様紹介:土壌や植物の分析を簡易化し、日本の農業に貢献する――宮城大学 木村 和彦教授が考える土壌分析の未来

2019年8月21日

土壌は農業生産において最も大切な資源のひとつであるといわれています。肥料を与えて土壌の性質を改善していくことで、農地の生産力は高まり、ひいては農業経営の安定化に繋がります。今回お話を伺ったのは、土壌肥料学を専門とする宮城大学 食産業学群 食資源開発学類 木村 和彦教授です。

 

宮城大学
食産業学群 食資源開発学類
木村 和彦教授

植物は土壌中に根を伸ばし、窒素、リン、カリウムなど、生育に必要な元素を吸収していきます。しかし、自然界には植物の生育に必須でない元素も存在しており、植物は土壌中の有害金属なども吸収してしまうことがあります。木村教授は、さまざまな元素の土壌中での動きと植物への吸収を調べることで、より適切な土壌管理に繋げていくことを目指しています。本稿では、木村教授が考える土壌分析および土壌管理の課題や展望についてご紹介します。

 

カキ殻を使って農作物のカドミウム濃度を減らす"一石二鳥"のアイディア

木村教授のこれまでの研究テーマのひとつに農作物のカドミウム汚染対策を目的にカキ殻を肥料として施用する効果を検証するというものがあります。

鉱山を多く抱える日本は、世界的にみて農作物のカドミウム濃度が高いことが知られています。土壌のpH(水素イオン指数)を上昇させるとカドミウムをはじめとする重金属の植物による吸収を抑制できることから、炭酸カルシウムが主成分となる石灰岩などを用いて酸性に片寄った土壌を中和させるという対策が取られていますが、炭酸カルシウムには、多量に施用することで植物の生育障害を引き起こしてしまうというデメリットもあります。

そこで木村教授が提案したのが、炭酸カルシウムが含まれるカキ殻を土壌改良剤として用いるというアイディアです。木村教授はこれまでの研究で、カキ殻の施用によって、玄米や大豆のカドミウム濃度が低下することや生育障害を起こさないことなどを確認してきました。「廃棄されるカキ殻を活用すれば、カキ殻を大量に処理しなければならない産地の人の役に立つこともできるので、まさに一石二鳥です」と語る木村教授。現在は企業とともにカキ殻を利用した肥料の開発にも取り組んでいるところだといいます。

 

植物に含まれるカドミウム濃度は低いため、この研究では高感度なICP−MSを用いた分析が必要になりますが、木村教授は、マイクロ波プラズマ原子発光分光分析装置(MP-AES)を用いた土壌・植物の簡易分析手法の開発にも取り組んでいます。

 

土壌分析の簡易な手法が求められている理由

近年、ミネラルが欠乏した土壌が増えてきていることが国内で問題となっています。雨の多い日本では、土壌中のカルシウムやマグネシウムなどのミネラルが雨によって地下に流されてしまい、酸性土壌になりやすいのです。さらに、化学肥料に頼った農業への変化が、土壌のミネラル不足の流れに拍車をかけているといいます。

「かつての日本では家畜ふん堆肥の利用が盛んでしたが、農業の近代化に伴い化学肥料に頼った施肥がえ一般的になって以来、ミネラルなどの養分が不足するなど土壌の性質が悪化してきています。この傾向は今後も続くものとみられています」(木村教授)

こうした状況においては、土壌の状態を適切に診断し、施肥を管理していくことが重要です。そこで年々増加してきているのが簡易かつ迅速な土壌分析のニーズです。

木村教授は、「農業経営の大規模化が進んだことで詳細な土壌管理のニーズが増えてきているという背景もありますし、作物の生育が悪かった際にすぐに土壌の状態を調べたいという農業関係者からの声もあります。現在の土壌分析はある程度の技術と手間が必要です。県の農業試験場に土壌を持ち込んでも、担当者がすぐに分析に応じてくれることはありません。また、分析の専門職というのはありませんので、担当者でも土壌分析の知識が十分に蓄積されているというわけでもありません。こうしたさまざまな理由から、熟練者でなくても信頼できる値を簡単に計測可能な土壌分析の手法が求められているのです」と近年の土壌分析の状況について話します。

木村教授は、こうしたニーズに応えられるものとして、多元素の測定を正確かつ迅速に行えるMP-AESに着目しました。

MP-AESで誰でも簡単に土壌分析ができる世界を目指す

農業試験場など土壌肥料関連の分野では、原子吸光分析法(AAS)を用いた分析が一般的で、MP-AESはまだあまり知名度がない状況だといいますが、木村教授は「AASは光源ランプの交換が必要だったり、一元素ごとに条件を変えて測定をしなければならなかったりと、分析に手間が掛かってしまいます。一方、MP-AESであればサンプルを吸引するだけで多元素の測定ができるので、迅速に分析を行うことができます」とMP-AESのメリットを説明します。

木村教授の研究室にある4100 MP-AES

最近では、AASやMP-AESより精度の良い分析が可能なICP発光分光分析装置(ICP-OES)を導入している施設も多いといいますが、ICP-OESには、アルゴンガスが必要でランニングコストが高いことや装置自体が高価であるという課題もあります。その点、MP-AESはICP-OESに比べて装置が安価なうえにAASよりも使い勝手が良いということで、コストパフォーマンスに長けている装置といえます。

ただし、MP-AESを土壌や植物の分析に用いるにはまだ課題も多くあります。木村教授は「プラズマのパワーがICP-OESよりも弱いため、MP-AESでは測定しづらい元素がいくつかあります。植物中のカリウムやマグネシウム、カルシウムなどは測定できていますが、亜鉛やリンなどの測定には工夫が必要であると考えています。現在は、MP-AESの販売元であるアジレントの方に相談しながら、測定方法や条件などについて検討を進めているところです」と今後の展望について話します。

2019年9月に開催される日本土壌肥料学会では、MP-AESの土壌分析の現状についても発表が予定されているそうです。「土壌中のカルシウムが不足しているというお話をしましたが、まずは土壌を評価するうえで重要となるカルシウムなどの交換性塩基類の分析方法から検討していこうと考えています」(木村教授)

将来的には、植物や土の前処理までも簡易化し、分析の熟練者でなくても誰でも簡単に土壌分析が行える世界の実現を目指す木村教授。「アジレントの方にもご協力いただきながら、分析条件や測定方法について検討し、MP-AES活用に向けた研究を進めていきたいですね。研究会や学会でアジレントの方と情報交換することも多いですが、そこから得られた知識や人脈は大変役に立っています」と語ってくれました。