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お客様紹介:生体内の酵素の特性を利用し、効率的な物質生産を目指す- 大阪府立大学・藤枝伸宇准教授

2020年10月21日

生体内で起きているほとんどの化学反応を触媒する「酵素」。人間を含むあらゆる生き物の生命活動に欠かせない物質です。酵素は、さまざまな物質が混在する身体の中で、目的の物質だけを狙って化学反応を引き起こすことができる特性を持っています。

この酵素の特性を、私たちの生活に役立つ物質生産に応用しようと研究を進めるのが、大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科の藤枝伸宇(ふじえだ・のぶたか)准教授です。本記事では、藤枝准教授が語る酵素の魅力と、その可能性について探っていきます。

大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 藤枝伸宇准教授

 

酵素がこれからの物質生産のカギとなる?

藤枝准教授は、生物物理化学を専門とし、金属を含む人工酵素やバイオ電極触媒の開発、機能性ペプチド類の分子設計など、さまざまなテーマの研究を手掛けています。一般に生物物理化学とは物理化学の理論に基づいて生物を理解する学問とされていますが、藤枝准教授は、生物のシステムを物理学で理解したうえで、生体関連物質を化学的な手法で作り、その物質をまた生物のシステムに取り入れるというサイクルを回す学問と捉えています。そして、その知見を工業的な物質生産への応用しようと、研究に取り組んでいます。

藤枝准教授は、石油資源枯渇などのエネルギー問題を解決するためには、プラスチックや合成繊維などをはじめとする石油化学製品をより効率良く生産できるようにしなければならないという思いを持っていたそうです。そこで、藤枝准教授が着目したのが「酵素」でした。私たちの体の中には、化学反応の触媒として機能する「酵素」と呼ばれる分子が存在します。体の中には、様々な化合物やタンパク質が混在していますが、酵素はある特定の物質だけに化学反応を起こすことができる優れた選択性を備えています。

酵素には今のところ工業的に向いた反応を触媒できないという欠点があるものの、その選択性を活かして、効率よく最終産物を作り出すことはできないかと、藤枝准教授は考えたのです。

化学的な合成反応では、原料を精製してから反応を進めなければ純度の高い目的物は得られないうえに、反応が何段階もある場合は、何度も精製の工程を経る必要があります。

酵素の選択性について藤枝准教授は「さまざまな物質で溢れている細胞や生体組織のなかで反応を触媒している酵素は、ある特定の物質に対してだけ反応を起こせます。これを化学触媒で行うことは非常に難しいといえます」と説明します。

また生体の中では、複数の酵素を経て化学反応が連続的に進行していきます。酵素の性質を上手く利用することができれば、連続反応における各段階での精製過程を省き、ひとつの経路としてすべての化学反応の工程を処理できるようなシステムを実現できるかもしれません。

たとえば、酵素の働きを石油化学製品の製造に活用すれば、何度も精製する工程を大幅に省くことができ、精製や抽出の工程なしで、一気に目的の最終産物を作りだすことができるかもしれないというわけです。

「化学的な合成でどんな材料でも作れる時代に、なぜあえて酵素という生物の仕組みを使う必要があるのかと聞かれることもありますが、1つの酵素のみを使うのでななく、生体内の反応のような連続的な化学反応が起きる系に応用できれば、物質生産における酵素の魅力が最大限発揮されると考えています」(藤枝准教授)

 

「生体内の反応のような連続的な化学反応が起きる系に応用できれば、物質生産における酵素の魅力が最大限発揮されます」

 

酵素を人工的に作り出すために、化学進化の歴史を振り返る

藤枝准教授は、酵素の活用や人工酵素の創出に向けて、酵素の化学進化の歴史を遡る研究も進めています。「酵素をどうやったら作れるのかを考えていくと、究極的には歴史を遡るのが良いではないかと考えるようになった」と、藤枝准教授は話します。

地球上に生命が誕生する以前には、原始大気中のメタンやアンモニアなどからアミノ酸や糖といった低分子化合物が生まれ、さらにそれらが化合することで酵素をはじめとする複雑なタンパク質などが生成されるようになるという「化学進化」の過程があったと考えられています。

酵素の化学進化について藤枝准教授は「初期段階では非常に単純な有機化合物が触媒となり、酵素の化学進化を促進していたことが推測されます。ただ、単純な低分子化合物から現在の酵素のような複雑な形へと移っていった過程は現在まったくわかっていません」としたうえで、「低分子化合物が自己触媒的に重合していくような反応があったのではないかと考えています」という自身の仮説を紹介します。

特に藤枝准教授は、ペプチドの自己組織化(分子が自ら集合して、ある構造をとる現象)に注目しています。近年の他の研究者による研究から、アルツハイマー病の関連分子であるアミロイドペプチドは、溶液中で自己組織化する性質を持つことが明らかになってきています。自己組織化するペプチドの存在は他にも報告されており、酵素の化学進化の過程にそのようなペプチドの自己組織化があった可能性が考えられるというわけです。

さらに、こうしたペプチドの自己組織化は、金属が重要なカギを握っているとも考えています。

「金属はポリマー同士の相互作用を促します。ペプチドの重合体に金属を入れることで、より複雑な形を取りやすくなるという現象は、現在進めている研究でも見えてきています」と、藤枝准教授は説明します。

私たちの体内にある酵素の約4~5割程度は、金属を含んでいるといわれています。今後、反応性や触媒活性などをより詳細に調べていくことで、金属を含む酵素へと進化していった流れが明らかになるかもしれません。さらに将来的に、こうした性質を上手く利用することができるようになれば、酵素のような働きを設計し、人工酵素を実現できる可能性もあるでしょう。

 

基本的な分析性能が優れながら、堅牢なのがアジレントの強み

こうした研究には、「Agilent 6125 シングル四重極型LC/MSD」や、パルス放電ヘリウムイオン化検出器(PDHID)搭載のガスクロマトグラフ(GC)システムなどのアジレント製品が使われています。

藤枝准教授は「実験的に合成したタンパク質・ペプチドの特性評価や定量に加え、反応に使う基質なども自分たちですべて合成しているので、それらの物質の分析にも使います。100-300程度の分子量の化合物を分析する場合は液体クロマトグラフ(LC)で、二酸化炭素やギ酸などの小分子の分析にはGCを使っています」と、アジレントの装置の使用方法について話します。

安定なシステムであることはもちろん、アジレントの装置で何よりも気に入っているポイントはその堅牢性だといいます。

 

「学生が自ら装置を使いながら学んでいく上で、装置の頑丈さは重要です」

 

「研究室に配属されたばかりの3回生の学生も装置を使って研究を行います。もちろん、予め学生に装置の使い方は教えますが、出張などで私がそばについていられないこともあります。学生が誤って高濃度のサンプルを質量分析計に導入してしまうこともありますが、その場合でもアジレントの装置はあまり汚れません。学生が自ら装置を使いながら学んでいく上で、装置の頑丈さは重要です。また、メンテナンスも簡単です。6125 LC/MSDを含め、アジレントの装置はオートキャリブレーションの機能がしっかりしているので、初心者でもある程度しっかりした分析ができます。」と評価しています。

また、藤枝准教授は「アジレントの装置は、基本的な分析能力が優れています。基本的な性能があっての『頑丈さ』です」と、付け加えています。

さらに「アジレントのサポートセンターに、こういう分析はできないかと相談をすればすぐ対応していただけます。論文に載っていないようなデータも紹介しながら教えていただけるので、とてもありがたいです」と、サポート体制にも満足しているようです。

 

物質生産の場で酵素が活躍する未来を

酵素を効率的な物質生産に応用するために、まずは信頼できる学理を確立する必要があると話す藤枝准教授。

「化学反応に合わせて構造が変化し多様な触媒作用を持つところも、効率的な物質生産に役立ちますので、酵素は大きな可能性を秘めていると思います。その機能についてすべてが明らかになっているわけではありませんが、しっかりとした学理を確立させ、酵素のような動きを設計できるようにすることに、今、トライしています」と述べます。

物質生産の場で酵素が活躍する未来のために、これからも藤枝准教授は研究を続けていきます。