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環境中の放射能を監視することで、国民の安心と安全を支える - 公益財団法人 日本分析センター

2017年8月29日

2011年に発生した東日本大震災の津波による福島第一原子力発電所事故以降、環境中の放射性物質に関する報道を耳にする機会が多くなっています。環境と安全に対する国民の認識が高まりつつある昨今、国や自治体は、事故や災害などによって身のまわりの環境にどれだけの影響があるのかを正確に発表する責任が求められています。ここでは、いかにして「正確で信頼性のあるデータ」を日常的に取得していくかが重要となります。

1974年に設立された日本分析センターは、環境放射能・放射線に関する分析専門機関として、分析・測定サービスの提供や測定データの信頼性を確保するための取り組み、自治体向けの教育研修などを行っています。今回は、日本分析センター 放射能分析事業部 α線・β線解析グループ リーダーの伴場滋氏、日比野有希氏に、ストロンチウム90と呼ばれる放射性同位体の分析について、詳しくお話を伺います。

日本分析センター 放射能分析事業部 α線・β線解析グループ 伴場滋氏(左)と日比野有希氏(右)

環境中の放射能を日常的に観測し続ける意義

カルシウムと化学的性質が類似するストロンチウムは、人体に摂取されると、カルシウムと共に骨に取り込まれます。ストロンチウムの放射性同位体であるストロンチウム90は、体内に取り込まれるとベータ粒子(放射線の一種:β線)を放出し続けることとなり、結果これが骨腫瘍といった疾患の原因となることが分かっています。

伴場氏と日比野氏が所属するα線・β線解析グループは、このストロンチウム90のほか、トリチウム、炭素14、ヨウ素129、プロトニウム、ウラン、トリウム、ポロニウムなど、化学分析や分離精製を伴うα線やβ線を放出する核種の分析をメインで担当するグループです。

伴場氏は、同グループが進める放射能分析の重要性について、次のように説明します。

「1940〜50年代に行なわれた大気圏内核実験により、ストロンチウム90などの核分裂生成物が環境中に放出され、地球上のいたるところに降下しました。1963年に、地下を除く環境における核実験を禁止する部分的核実験禁止条約が締結されてからは、環境中のストロンチウム90の濃度は徐々に下がりつつあります。しかし、ストロンチウム90の半減期(放射性同位体が、原子数の半数が別の核種に変化するまでにかかる時間)は約30年であるため、その影響はすぐになくなるわけではありません。そこで、国により環境放射能調査観測網が整備され、放射能分析が拡充強化されることになったのです。こうした放射性同位体の情報は、どうしても煽動的に世の中に報じられるものです。我々の仕事は、そうした注意の喚起だけでなく、正しい情報を世の中に提供することで皆様に安心をお伝えすることにもあると考えています。」(伴場氏)

日本分析センターでは、この環境放射能調査観測網を、大気圏内核実験で環境中に放出された核分裂生成物の濃度水準を把握するものと位置付けています。現在は、全国の環境中の放射能の水準を把握することにより、万が一の原子力関連事故や海外からの影響による放射能水準の上昇とその影響を判断できるよう備えているのです。

「日々の放射能水準調査によって得られたデータは、原子力関連事故などが起こった際、その場所にもともとどういった放射性核種があったのかを把握するためのバックグラウンドのデータになります。たとえば福島第一原子力発電所事故では、ストロンチウム90が環境中に放出され、一時的に放射能濃度が高くなったものの、影響の範囲は限定的であったことが、バックグラウンド調査を行っていたからこそわかったのです。」(伴場氏)

ストロンチウム90の分析方法

日本分析センターでは主に、都道府県や市町村などの各自治体や電力会社から依頼を受け、これらの組織が採取した試料に関する分析を行っています。試料は海水や飲料水、河底土や海底土といった土壌、大気浮遊塵、肉や魚などの食品と、多岐にわたります。集められた試料は、ストロンチウム90から発生するβ線を測定することとなりますが、そこで留意せねばならない事項に「透過性」があります。

ストロンチウム90などから放出されるβ線は、薄いアルミ板やアクリルで遮へいできるほどに、物質に対する透過能力が微弱です。そのため、β線放出核種の場合、沈殿法やイオン交換法などの化学分析により、他のマトリクスより分離してから測定する必要があります。たとえばストロンチウム90を測定する場合、灰化した試料を酸に溶かして溶液とした後、沈殿やイオン交換などによってカルシウムや鉄などの元素を取り除き、ストロンチウムのみとなった検体からβ線を測定することになります。

しかし、化学分析ではどうしても分離途中でロスが生じてしまうため、ストロンチウムの回収率は100%とはなりません。そのため、分析前に、試料にもともと含まれるストロンチウムの量をICP-OES(誘導結合プラズマ発光分光分析装置)で測定しておきます。この値と、化学分離後に再度ICP-OESで測定した値から、ストロンチウムの回収率を求めます。この回収率を使って、β線測定装置で測定したストロンチウム90の濃度を補正することで、正確なストロンチウム90の濃度を導き出すことができるのです。

ストロンチウム90の分析工程

初心者でも扱いやすい、アジレントの5110 ICP-OES

アジレントの5110 ICP-OESと700シリーズの2台体制で、先のストロンチウム90の分析を行っています。最新版である5110 ICP-OESは、測定時間の速さや低ランニングコストを特長に持つ製品です。

同製品を日々利用しているという日比野氏は、その扱いやすさについて高く評価します。

「メンテナンスのしやすさとソフトウェアの扱いやすさには、非常に助かっています。ICP-OESを扱い始めた1年前は、分析機器自体に不慣れだったのですが、それでもネブライザやトーチを簡単に取り外しができたため、これは大きな優位性だと思います。ソフトウェアも、表計算ソフトを扱っているような感覚で直感的に操作可能です。、ワークシートの条件設定欄が洗練されていて、メソッドの設定変更がわかりやすいと感じています。」(日比野氏)

α線・β線解析グループが利用する、5110 ICP-OESと700シリーズ

器具の取り付けやメンテナンスが容易である点など、日々の分析をスムーズに進められる点が高く評価されている

近年、水質や大気分析などを行う分析要員を組織内に持つ自治体や企業が増えています。しかし、放射能分析はその特殊性から、担当できる人が限られているというのが現状といえるでしょう。また、特に自治体の場合は人事異動により、ほとんど関係のない分野から放射能分析の担当部署に配属されるというケースも少なくありません。

ICP-OESは自治体にも多く利用されていますが、先のようなケースでは、日比野氏が語る「初心者でも扱いやすい」といった5110 ICP-OESの利点がいっそう重要になるでしょう。

5110 ICP-OESは、ハードウェアだけでなくソフトウェアについても直感的に操作することができる

こうした製品の特長を踏まえ、日本分析センターでは今後、初心者向けの教育研修を充実させていくことを構想しています。この点について、日比野氏は、放射能分析の分野に存在する課題を交えて説明します。

「分析機器の進歩は『誰でも容易に測定ができる世界』を実現しています。そこでは、測定結果の妥当性評価が、これまで以上に重要になってくると考えています。実は放射能分析の分野では、分析結果や検量線の妥当性評価に明確な取り決めがなされていません。ICP-OESの原理や扱い方だけでなく、結果の評価方法も教育研修で明確化していくことが、当分野においては求められるでしょう。」(日比野氏)

ますます重要になる、分析技術の客観的な評価

環境と安全に対する世の中の意識の高まりによって、放射能の分析結果は、専門家だけでなく一般の人からも信頼性を問われる時代となりつつあります。しかし、正解がわからないものを分析している以上、分析結果の正誤を客観的に判断するのは、容易なことではありません。

分析結果の信頼性を担保するためには、信頼できる機関との相互比較分析が不可欠です。日本分析センターでは、分析技術を客観的に評価すべく、近年、IAEAなどの国際機関が主催する環境放射能分析の国際相互比較分析のプロジェクトに参加し、そこで優れた成績を収めています。)

各分析機関の妥当性や技術評価の重要度は、今後さらに増していくことが考えられます。伴場氏は、日本分析センターの展望について「事業のメインである放射能分析は、今後も着実に進めていきたいと考えています。測定結果の品質保証、信頼性の確保といった要件が高まりつつありますので、単に分析業務を行うだけでなく、他機関と分析結果を比較検討する精度管理事業へも注力していきたいと考えています」と語ります。

放射能に関する世の中の情報の多くは、私たちの暮らしに不安を抱かせるものです。しかし、客観性を持つ正確な情報は、不安だけでなく安心を抱かせる要素も持ちます。環境中の放射能を日常的に分析するという日本分析センターの地道な活動は、今後も私たちの生活の安心・安全を支えてくれることでしょう。