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簡便な分析装置が変える、分析の未来 – 山梨大学 鈴木保任准教授

2017年4月17日

土壌や水、大気、そして生物――。私たちを取り巻く自然環境は、日々の生活に多大な影響をもたらします。自然環境と共存し、また時にはそれを利用して豊かな暮らしを維持するためには、各環境が含む物質を測定・分析し、それが人間や物質に与える影響を科学的に判断する必要があります。こういった「環境分析」で必要となる装置は、一般的に大型かつ高価であり、必然的に「科学的な判断」ができる組織や場所は限定されてしまいます。

山梨大学 生命環境学部環境科学科 鈴木保任 准教授(以下、鈴木准教授)は、「簡易分析」をキーワードに、誰もが、容易に、そしてどこでもスクリーニング分析が行える世界を目指し、小型装置と分析手法の開発に取り組んでいます。本稿では、同研究が見据える分析の未来を紹介します。

山梨大学 生命環境学部環境科学科 鈴木保任 准教授

分析用途の拡大に向け、簡便な分析装置、簡易な分析手法の開発に取り組む

鈴木准教授は、研究テーマのひとつとしてLEDを光源とする分析装置に注目してきました。LEDは従来のタングステンランプや放電灯と比較して、小型で低消費電力、そして長寿命であることから、分析装置の光源としても有用です。これまでの研究では、赤・緑・青の3色のLEDが一体となったRGB LEDを用いた比色計や、紫外線LEDを光源とする蛍光光度計など、LEDを光源とすることで手のひらサイズの軽量な測定装置を開発しています。こうした小型、軽量な分析装置のしくみについて、鈴木准教授は蛍光光度計を例にあげて説明します。

「この蛍光光度計ではセレンの測定が可能です。セレンは、ジアミノナフタレンという試薬と反応させることによって、錯体を形成し370 nmの紫外線を照射することで蛍光を発します。この溶液をセルに移し、その強度を測定することで、セレンの定量を行うのです。また、この装置では発光波長の異なるLEDを用いることで、ホウ素の測定も可能です。ホウ素を定量する場合は、『流れ分析』と呼ばれる、フローセル(チューブが付随する、連続的な測定が可能なセル)に試料を入れる手法を使います。ここに310 nmの紫外線を照射すると、その一部がホウ素に吸収されて360 nmの紫外線が出るため、それを検出するというわけです。」(鈴木准教授)

鈴木准教授が開発した蛍光光度計を使用している様子。非常に小型かつ軽量ながら、高い精度でセレンやホウ素を測定することが可能

鈴木准教授の研究では、こうしたセレンやホウ素のほか、六価クロムや亜硝酸態窒素、リンなど、環境中のあらゆる物質の検出を、簡易分析の対象としています。そのねらいは、環境分析を、研究用途だけでなくさまざまな分野へ拡大することにあります。

「研究用途で分析する場合は、高い分析の精度と正確さが必要です。また、水道水の分析などでは、公定法と呼ばれる手順に則った分析が必要です。しかし私の研究で目指すのは、『測ることの深化』ではなく、『測る用途の拡大』です。法律に則った、あるいは厳密な分析が必要かどうかを見極めるための分析をスクリーニングといいますが、このような分析においては、測定の精度や正確さは用途に応じた要件をクリアできれば良いので、小型・軽量化とのバランスをみて、装置を開発しています。私の研究では、何らかの試料を測りたいという依頼をまず受け、その試料に対して手持ちの装置や手法が使えるかを検討、あるいは新たな装置を開発し、検出精度を依頼元と協議する形で進めていくことが多いです」と話す鈴木准教授。セメントやメッキ浴などの工業分析、ワインや食用油などの食品分析など、多岐の分野から鈴木准教授への開発依頼が寄せられていると言います。

簡易分析の適用シーン(一部)と、同研究が目指しているもの

開発する分析装置の性能を向上すべく、4100 MP-AESを利用

分析装置の開発においては、そこでの検出結果を評価する工程が存在します。当然ながら、評価時には正確な値を知っておくことが必須となります。

鈴木准教授が所属する環境科学科の学生実験室には、アジレント・テクノロジーの4100 MP-AES (マイクロ波プラズマ発光分光分析装置。以下、MP-AES)が設置されており、さまざまな研究分野の微量元素分析でこれが使用されています。ユーザーの一人である鈴木准教授は、「装置を開発したとして、作りっぱなしでは性能が保証できません。MP-AESの結果と突き合わせて、値が妥当なものであるかどうかを確認しています」(鈴木准教授)と語ります。

MP-AESを使用し、正確な値を測定する様子(左)。そこで測定した値と研究で開発した分析装置で測定した値とで差異がないかを確認(右)し、分析装置の性能を高めていく

MP-AESは原子の発光スペクトルを検出する選択性の高い分析装置のため、検出対象以外の元素が存在していても、その影響をあまり受けずに目的となる物質の濃度を知ることが可能です。こうしたMP-AESの特性は、分析装置の開発において有効に機能すると、鈴木准教授は語ります。

「私が開発している吸光光度計や分光光度計、蛍光光度計などは、検出対象の物質と一緒に存在している物質の影響を強く受けます。そのため、思うような性能が出ない場合には、試料中に何が共存しているかという情報をもとにトラブルシューティングを進めることが非常に重要となるのです。ME-AESは多元素が混合する試料に含まれる1つ1つの元素を比較的高い感度で測定できるので、研究を進める上で非常に助かっています。」(鈴木准教授)

MSISを使用することで、As、Se、Hgなどの元素も、高い感度で測定することが可能

こうした多元素の測定や、特定の物質を検出すべく、鈴木准教授が利用するMP-AESでは、オプション機能であるマルチモードサンプル導入システム(MSIS)も導入済みです。

「セレンを測定する小型蛍光光度計の開発や、ヒ素の定量分析に利用しています。MSISでは水素化物発生法が利用できるため、これらの物質を高い感度で測定できるのです。私の研究だけでなく、生物系の教員からもヒ素を測定したいという要望が来ています。」(鈴木准教授)

汎用的な金属元素であれば、MP-AESだけで測定可能

鈴木准教授が触れたとおり、MP-AESは分析装置の開発時だけでなく、他の研究室や学生実験などでも多く利用されています。

環境科学科を卒業した学生の中には、環境コンサルタントや受託分析の仕事に就く人もいます。そのため同学科の授業では、公定法に則ったCOD(化学的酸素要求量)の測定や実務に則した農薬の分析、河川水の重金属分析といった実習が行われ、MP-AESを活用しています。

日々利用される装置だからこそ、メンテナンスやランニングコストが削減できるというMP-AESのメリットは、大きな価値を持っていると、鈴木准教授は語ります。

「元素分析にICP発光分析装置を利用する場合、1日の利用でアルゴンガスのボンベが1本空になってしまいます。日々の使用でこれを使う場合、学生実験の予算内ではとても対応できません。一方、窒素ガスジェネレーターを導入したMP-AESは空気から生成した窒素をプラズマガスとして利用するため、ガスの費用は発生しません。消耗品もトーチとチューブのみですので、メンテナンスに要するコスト負荷は大きく抑えられています。」(鈴木准教授)

各種アタッチメントは容易に装着できるため、特別なトレーニングなしに、誰でも迅速に計測が可能

ICP発光分析装置は、市場に多くの製品が存在します。ですがMP-AESは、2017年現在、アジレント・テクノロジーだけが提供する製品ジャンルとなります。比較対象がないことから、導入において、性能など不安視される点はなかったのでしょうか。

この疑問に対して鈴木准教授は、「ICP発光に比べて感度が落ちるという話は伺っていましたが、アジレント・テクノロジーの技術には大きな信頼を寄せていたため、それほど不安はありませんでした。実際に利用してみればわかりますが、普段の研究や講義での用途では、ほぼMP-AESだけで元素分析を行えています。元素によってプラズマの特性が違うので向き不向きはありますが、汎用的な金属元素に関して言えば、MP-AESでほぼ事足りている状況です」と、高い満足度を示してくれました。

簡易分析が実現する世界

鈴木准教授の研究が成果をあげるにつれ、「分析用途の拡大」に向けた、装置やシステム側の対応は進んでいくことでしょう。その次の段階に存在するのが、「利用者の教育」です。この点について鈴木准教授は、ビジョンも交え次のように話してくれました。

「今後、試料を注射器で入れるだけで正確な値が測定可能な分析システムを開発していくことで、環境分析のハードルを一層引き下げていきたいと考えています。一方で、分析が簡単になると今度は、それによって示される数字がどういう意味を持つかという知識教育が重要度を増すことになるでしょう。私たち分析屋が一般的だと思っていることが、世間の常識ではないということは往々にしてあるのです。測定の作業自体は誰もができるような簡単なものになっても、測定後の評価が素人であっては意味を成しません。分析用途の拡大を目指すべく、利用者の教育も今後注力していきたいと考えています」(鈴木准教授)。

鈴木准教授が進める簡易分析の装置や手法が確立していくにつれて、日々の生活のあらゆる場面に環境分析が取り入れられることとなります。これは、自然環境と共存した我々の暮らしを一層豊かなものにしてくれるに違いありません。